掲示板の言葉

◆10月(2020年)
コロナは 目に見えなくても 気になる私
仏さまは 目に見えないから 気にとめない私
(当寺住職)


 かつてこれほど長期間、ニュースやワイドショーの話題をさらい続けた出来事は記憶にありません。もちろん、新型コロナ・ウィルスのことです。重大な事件でも、繰り返し報道されると飽きるものです。コロナのニュース性が持続しているのは私たちの生と死に関わるからでしょう。誹謗中傷が他人事ではないこともあります。目 に見えないために恐怖が増幅されていることもあります。
 ところで、目に見えないということでは仏さまも同じです。もちろんはたらきは全く逆ですが。親鸞聖人は次のように言われています。
 
  「この如来(仏)、微(み)塵(じん)世界にみちみちたまへり」「いろもなし、かたちもましまさず」   *「微塵」=「数限りない」という意味
           
 意訳すると、阿弥陀如来という仏さまは、色も形もおわしませんから目には見えないけれど、世界に満ち満ちておられます、となります。さらに、仏さまはすべての人々を「苦悩」から救おうとはたらき続けていると、お経(『無量寿経』)に説かれています。ここで「苦悩」とは、生と死の問題や人間関係上の躓きや悩みのことと受け取ってよいでしょう。
 つまり、仏さまもコロナもどちらも見えないのですが、コロナは非常に身近でリアルに感じて、コホンという咳一つに敏感に反応します。それに対して仏さまは、私を「苦悩」から救うための存在と聞いてもピンとこず、あまり気にとめません。なぜでしょうか。
 私たちは、生命に関わるような出来事が身に迫ると、命を守る行動、コロナ禍ではマスクや外出を控えるなどの対症療法に一生懸命になります。人によっては誰かをやり玉に挙げて批難・攻撃します。これは自分の不安に耐えきれず気を逸らすための行動でしょう。つまり、緊急時には自分の生命を護ることに全精神を使い、「人間としての苦悩」については不問に付してしまうのです。これは生物的な危機反応でしょうね。かといって平常時は平常時で、日常生活に埋没してしまい、「人間としての苦悩」や仏さまのことは「不要不急」として後へ後へと送ってしまうのです。 
 今月の言葉は、そのような「私」のありのままの姿を語っています。「人間として生きる」というのは、ほんとうに難しいことだとつくづくと思います。しかし、せっかく人間に生まれてきたのですから、コロナに振り回されず、日常に埋没せず、仏さまの言葉を訪ねていきたいものです。(そう思うことも、仏さまのはたらきが届いているからでしょう。)


◆9月(2020年)
満 足

 隣の人より一歩前 そんな刹那的人生を
 子供達よ 過ごしてくれるな
 どこまでいっても 満足などない
競うことなく 比べることなく
うらやむことなく 嘆くことなく 卑下することなく
 あなたの花を咲かせておくれ 
 おまえはおまえで充分
 あの庭のバラのように あの庭の松のように
人間成就の花を 咲かせておくれ
 そこに本当の満足が 生まれる
 (鈴木章子『癌告知の後で』より)


 この詩のような綺麗事を言ってると受験戦争に勝てない、就職戦線で負ける、出世街道を外れてしまう、結局仕合わせになれない、これが世間の常識かもしれません。それでも、この詩に共鳴される方は少なくない気がします。それは、この詩が、「刹那的な満足」を超えた「本当の満足」を語っているからではないでしょうか。
 しかし、それを肯定すれば負けを認めること、人並みの仕合わせを諦めることに繋がると思うから恐れるのです。そうして「本当の満足」を心の奥底にしまい込んで「刹那的な満足」を追い求め、日常に埋没していくのです。
 それでも「本当の満足」の方は、諦めることなく私たちに「声」をかけ続けている気がします。でも、その声に私たちが気づくのは、大抵は何らかの人生の危機、大きな病気や事故や死などが迫った時のようです。鈴木章子さんがこの詩を書かれたのも、がんで終末期を迎えた四六歳の頃でした。鈴木さんが「本当の満足」に目覚め、我が子にも伝えようとされたのがこの詩だと思います。
 幼稚園園長の仕事もできず、家族のためにも何もできず、ただベッドに寝ているだけ。そういう自分を受け容れられないでいた時「おまえはおまえで充分」つまり「そのままでよい」という「本当の満足」が聞こえたのでしょう。
 私たちの人生観は通常「獲得思考」です。達成・成功・成長などをもって人生を計るのです。精神面でも同じで、安心や喜びや信心を得たかどうかで計る。何かを我がものにするという「獲得思考」から抜けられないのです。この心を仏教では「貪欲」と名づけ煩悩の筆頭にあげたのです。
 それに対して、「おまえはおまえで充分」は獲得思考ではありません。敢えて言えば「存在思考」とでも言えるでしょうか。
 それは「与えられている生をそのまま生きる」ということであり、それが「本当の満足」なのだと思います。
 しかし、「本当の満足」を生きていくのは非常に難しいことです。章子さんもできれば治りたいと「刹那的な満足」を望まれたことがあったはずです。でも、それは「本当の満足」に背いているのです。「おまえはおまえで充分」を拒否しているのです。それほどに難しいことなのです。
 それでも、一度「本当の満足」に出遇ってしまうと、「刹那的な満足」を捨て去りはできないものの、良しともできなくなるのです。そうして、二つの満足の狭間にあって、「本当の満足」に方位を定めて、一日一日わが身を振り返りながら(慚愧)生きていく、これが存在思考の生き方、私にとっての浄土真宗の生き方です。
 そのためには三つのことが必要です。一つは仲間です。仏教ではそれをサンガといいますが、浄土真宗では同行とか同朋と呼びます。こんな厳しい教えは仲間がいて、確かめ合い支え合わなければ無理です。オンライン・サンガも拡がっているようです。それもいいですね。
 二つはよき師です。特定の師が見つかるのが最善ですが、すぐ近くにいる家族、知人、友人等を師と仰げるかどうかではないでしょうか。嫌いな人、苦手な人も有力候補です。
 三つは、合い言葉です(軽い言い方ですが)。簡単で、誰でも言えて、しかも、浄土真宗が凝縮されている言葉という意味ですが、それが「南無阿弥陀仏」です。合い言葉ですから、「声」に出して称えることが大切です。だれかが「声」に出してくれていたから、私の耳にも届いたのです。「本当の満足」からの「声」とも重なりますね。


◆8月(2020年)

同じ草花
里山で会えば
山野草
庭に生えれば
雑草
(当院住職)


 ある日、里山を歩いていて可愛い花を見つけました。花弁が合掌しているようで、調べてみるとホトケノザという山野草でした。名前も気に入りました。ところが数日後寺の駐車場に小さなホトケノザが咲いているのを見つけました。これまで花が咲く前に雑草として抜いていたようです。本来、草花に山野草も雑草もないのに、私の都合で分けているのです。
 さまざまな事物を「分ける」力は、人間の成長にとって重要です。一歳半の頃、孫が犬と猫をワンワンと呼んでいましたが、しばらくすると猫をニャンニャンと呼び「分ける」ようになりました。
 私たちの「分ける」力は、自分と自分以外のものとは別だという意識から始まり、周りの事物を分け、名前を覚えていきます。この心のはたらきを「分別」と仏教では呼びます。一般には、分別があるというと、物事の道理をわきまえているといった意味で使いますが、本来の意味は違います。
 「分別」は、雑草と山野草の区別がそうだったように主観的で自己中心の性質を免れません。だから、仏教では私たちの分別は「虚妄分別」だとされます。「虚妄」とは「真実でないこと、いつわり」という意味です。
 津久井やまゆり園の障害者殺害事件の犯人植松聖死刑囚は、人間を社会に役に立つかどうかで区別しました。これは虚妄分別の典型でしょう。コロナ感染において、感染者をあたかも悪者のように批難するのもそうです。ただ、虚妄分別から一歩も出られないという点においては私も同じです。私たちはそういうことをしでかす縁に遭ってないだけです。
 私たちは、決して虚妄分別から出られませんが、仏教では虚妄分別を超えた「無分別智」という境地があるとします。それを悟り、如来の境地としました。「無分別智」は、事物を「分ける」ということをしません。すべてを一つの如くに捉えるので「一如」とも、真実を見抜く境地ですから「真如」とも言います。たとえば、障害があっても無かっても、その差異が無化される境地が無分別智です。「無分別」も、本来は一般に使われている意味とは全く逆なのです。
 もう一つ大事なことは、無分別智そのものであるところの如来は、虚妄分別に気付かせようと常にはたらいていると説かれることです。如来は、自分だけが窮極の境地にあって私たち衆生を眺めているだけはないのです。
 私たちが、自分の虚妄さを知らしめるような出来事に遭遇したら「如来様のおかげ」と頂き感謝し、伝え合っていく生き方が浄土真宗の門徒の生き方ともいえるでしょう。


◆7月(2020年)

ある人が師にこう言いました
「死ぬのが怖い」
すると師いわく
「お前生きとるのか」
深く自問するしかありません
(池田勇諦)


 これまでいろいろな災難を見聞きしてきました。東日本大震災や熊本地震やサーズなど。でも「私は大丈夫」と高をくくっていました。しかし、コロナは違いました。「感染したら死ぬかもしれない」という恐怖が脳裏をかすめました。

 その恐怖心は、感染者やその家族、病院に対する誹謗中傷、排除、過剰な警戒などといった二次的な問題を生みました。クラスターの発生した京都の堀川病院では「火をつけるぞ」といった脅迫電話がかかったり、職員が別の勤め先を解雇されるといったことも起こったと聞きます。
 これは他人事ではありません。感染者が自分と同じ町にでるとその住所や勤め先が気になります。遠くならホッとして、近くだと不安になります。皆さんはそんなことないですか。
 脅迫電話をかけたりといった行動はとりませんが、心の根っ子は同じ「怖れ」です。何を怖れるのか。窮極的には「死」です。自分のいのちが絡むと人間は、理性的な判断を鈍らせてしまうのです。コロナ感染は私たちの生存にかかわる脅威ですから、仮に二次的な問題はある程度抑えられたとしても、「怖れ」そのものを消し去ることは難しいでしょう。
 ではどうすればよいのか。そのヒントが今月の言葉にある気がしました。生きる意味や目的・理由がなければ、生きているとは言えないということかと、自分なりに考えました。そんな私に衝撃を与えたのが浄土真宗の僧侶である佐野明弘氏の言葉でした。氏は筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病の青年と学生の対話を紹介します。難病の青年に学生がこう尋ねます。「全く動けなくなった身体で生きることに、何の意味があるんですか」と。青年は答えます。「こうして存在していることの前には、意味があるとかないとかは、たいした問題ではないと思います。」と。この対話に続けて佐野氏はこう述べられます。「人生を意味においておさえようとすることによって迷いを重ねていく。」「『これは意味がある』と言った途端に、そうでないものを意味のないものと見なしてしまう」と。
 佐野さんの言葉に触れて、私たちが怖れているのは「死そのもの」ではなくて、自分の人生において意味ある事柄、つまり、出遇った人、獲得したものやことの一切を喪失することではないか。そこに死に伴う苦痛と孤独が加わったものが「怖れ」の正体ではないかと思いました。
 喪失と苦痛と孤独を差し引いた「死そのもの」って、私たちには到底はかりしれない境地かもしれません。しかし、一つ言えることは、そこにおいてあらゆる生の差異が一切無化されることです。人間も蟻も象も魚もミミズも細菌もウィルスもです。夏目漱石の「死は生よりも尊し」という言葉をそう納得しました。
 「お前生きとるのか」という問に対して何らかの答を出すことよりも、死を含めた生について問い続けることが、この問が私たちに求めていることではないかと、今感じています。


◆6月(2020年)

「ソーシャル・ディスタンス」(人との距離の確保)
の落とし穴

人との距離を保つことで
感染を防げるという
しかし
人との関係の中でこそ
人は人間になれる
このことも忘れないでいたい
(当院住職)


 コロナ感染拡大予防には、人との距離を離すこと(ソーシャル・ディスタンス)、マスクの着用、手洗いや「三つの密」を避ける等の行動が必要とされています。最近、それらが「新しい生活様式」として、緊急事態宣言の解除後も定着させることが求められています。感染予防のために「人との距離」を置くのはよしとして、それが高じて「人との関係」まで距離を置くようにならないか心配です。
 というのは、現在日本で進んでいる人間関係の希薄化が助長されるのではないかと危惧するからです。今、日本では、血縁、地縁といった従来の人間関係が薄くなり、家族や身近な仲間だけで付き合う傾向が強くなっています。身近なところでは、自治会や老人会・婦人会などへの参加者の減少もそうです。葬儀や法事の縮小も同じです。そういう付き合いを煩わしいと感じたり、迷惑をかけたくないという気持ちもあるでしょう。自分が付き合いたい人とだけ付き合う、その方が気楽だし、実際、それでも、特に問題なく生きていけてる時代です。
 一方で私たちは「絆(きずな)」や「つながり」を求め、そこに人との深くあたたかい関係を期待しています。しかし、「絆」という字には犬や馬を木につなぎ止める綱という意味が第一義としてありますから、不自由とか束縛という意味合いも含まれています。人間関係も同じで、自分に都合のよいことばかりではなく、思い通りにいかないこともあるのが当たり前です。そういう部分に蓋をして、いいとこどりの「絆」を求めても、結局は、一時的で情緒的なつながりにしかならず、満たされない感覚が残る気がします。
 つまり、私たちが日頃煩わしく感じたり、迷惑を蒙ったりしている日常の「人との関係」が、実は、「絆」そのものなのです。そういう自分の思い通りにならない人間関係の中で、人間とは何か、社会とは何かを自然と学び、また、自分の自己中心性に気づかせてもらい、「人間」として育ててもらえるのではないかと思うのです。
 「ソーシャル・ディスタンス」が求められるのをよいことに、それを「人との関係」にまで広げてしまうか否か、今、私たちは試されている気がします。コロナ対策に成功しても、「人との関係」が薄っぺらになってしまえば、日本全体が別の意味で緊急事態に陥ってしまうでしょう。
 「ソーシャル・ディスタンス」。耳心地のよい言葉に用心用心。


◆4月(2020年)

緊急事態は
本来なら
宣言するものではなく
自覚するものである
(当院住職)


 新型インフルエンザ等対策措置法に基づく「緊急事態宣言」について思うことを書きます。その前に、仏教において「緊急事態」という言葉を使うとすると、どういう事態をいうのか、述べておくことにします。
 私たちは、心のどこかで自分もいつかは死ぬと思っていますが、今日、明日とは思っていません。蓮如上人は「今日とも知れず明日とも知れず」が私の命だ、だから、早く仏教をたしなめと戒められました。つまり、一日一日が緊急事態だと教えるのが仏教だといってよいでしょう。
 でも、それを自覚できないのが私たちです。志村けんさんがなくなった時、多くのタレントが「信じられない」と語っていました。身近にいる人ほど悲しみや喪失感が勝って、却って自らのことと感じにくかったのでしょう。ある若者が街頭インタビューに「志村けんがなくなってコロナが他人事ではないと感じました」と答えていましたが、少し距離のある者の方が自分の事として感じ易いようです。
 さて、対策特別措置法による「緊急事態宣言」ですが、一部のマスコミは「伝(でん)家(か)の宝(ほう)刀(とう)*」と言っていますが、私は「諸(もろ)刃(は)の剣(つるぎ)*」だと思います。
国民の生命と健康を守るためには速効性のある政策が必要なのはわかります。しかし、この宣言がでると、国会の審議や決議なしに種々の措置を決めることができます。宣言の交付自体も国会の議決や報告は義務化されていません(付帯決議としてはあります)。内容的にも、たとえば、ホテルなどを所有者の同意がなくても、強制的に患者の収容施設として使うことができます。つまり、民主国家の基本である基本的人権が制限されるのです。こういう両面性を持っているのが、この対策特別措置法なのです。だから、政府はこの宣言を出すことに慎重なのです。見方を変えると、世論が熟すのを待っていたのかもしれません。
 それと比べると、一部を除く野党や報道、ワイドショー等が挙って、宣言の両面性を踏まえずに、一刻も早い交付を政府に迫っている姿は、正しい報道の姿勢から外れているように思えました。
 このような法律を出さざるを得なくなったのは、単に感染が拡大しているからだけでなく、私たちが「自粛要請」の段階で、自らが感染源となって他者の命と健康を損なう加害者になりうるという「自覚」に乏しかったからではないかと私は思います。また、対策特別措置法の問題点について無自覚だったからだと思います。自分の身を守るためには一所懸命でしたが他者にまで思いが至らなかったのではないでしょうか。そのような自分の「自覚」は、「無自覚の自覚」も含めて、仏教が私たちに求めるところです。「凡夫の自覚」といってもよいでしょう。
 もう一つ言いたいことがあります。それはこういう不安な時というのは、私たちは強い力を求め自らを託しがちになることです。災害や戦争、今回の感染症など生命や健康に関わる事態の場合はなおさらです。どのような事態であれ、賛成反対様々な意見を交わし合えている状態が正常だということを、くれぐれも忘れないようにしたいものです。
 仏教的な意味でも、法律的な意味でも、「緊急事態」とは何か、それがどういう事態を引き起こすのか、そういうことを私たち一人ひとりが十分に「自覚」する事、それが先ず重要ではないかと、私は思います。

*伝家の宝刀・・・いよいよという時以外に使わないとっておきの物・手段
*諸刃の剣・・・・・一方で役に立つが一方では害を与えたり危険を伴うこと


◆3月(2020年)
砂をしぼっても
水は出ぬ
私をしぼっても
信は出ぬ
真実信心
むこうから
(木村無相)


 「あなたを信じています」という時の「信」は、表向き「疑っていない」と言いつつ、言外には「私の信頼を裏切らないでね」という期待や念押しあるいは警告といった意味さえ含まれる気がします。日常生活で使う「信」は、相手の不確かさが前提としてあって、それが私の期待通りになることを願って使われる言葉のようです。
 次に信仰上の「信」はどうでしょうか。信仰の場合は神や仏が確かな存在であり私が不確かです。不確かな私が確かな神や仏を疑いをまじえずに信頼することといえるでしょう。「疑いをまじえない」というところが難しい。だから思い通りにならないと「神も仏もあったものか」などと口走ります。自分の事を棚に上げて神仏が不確かだというわけです。
 要するに、日常の人間関係においても、信仰においても、純粋な「信」は、絞っても水が出ない砂と同じように私たちには無縁のようです。「信」の本来の意味は「まこと(真実)」であり「うそ偽りがない」ということですから、さもありなんです。裏と表、ホンネと建前がある私たちには「まこと」がないのはむしろ当然かもしれません。
 それからもう一つ非常に重要な問題があります。どのような宗教でもそうだと思いますが、仏や神を疑わずに信じることが求められると、「信」を得た人と得てない人に二分されることです。つまり、救われた人とまだ救われていない人がでてくるのです。救われていないと思っている人は焦りと羨望を抱き、救われたと思っている人は満足と優越感を抱くという構図が生まれます。浄土真宗も例外ではありません。「信」の有無を物差しにして、救いに不平等が生まれるのはやむを得ないのでしょうか。それとも、仏の心に反しているのでしょうか。
 私たちは「信」と無縁だと先に言いましたが、そういう難儀な私たちを救う教えが浄土真宗のはずです。ならば「信」の有無とは無関係でなければなりません。ではいったい、浄土真宗では「信」と私の関係をどうとらえているのでしょうか。
 そもそも私たちは何でもかんでも欲しがる「貪欲(欲望)」にまみれた存在です。だから、ついつい「信」ですら求める対象にしてしまっているのです。ここが大きな勘違いであり、誤りの原点だったのです。「信」は私たちが求めて得られるものではなかったのです。「信」は阿弥陀様に属するものだったのです。このことを顕らかにされたのが親鸞聖人です。
 木村無相さんはそれを「真実信心むこうからー」と表現されたのでしょう。私の中には、救いの根拠や手がかりになるものは何もないのですから「むこうから」としか言いようがないのです。このことに「あー、そのとおりだったなあ」とうなづけた時、それを「信心を頂いた」と表現するのが浄土真宗なのです。


◆1月(2020年)
心美しくなって念仏するのではない
念仏するから心が美しくなるのでもない
鬼のまま念仏申すのじゃ
(蓮如上人)
(沙加戸弘『蓮如上人御絵伝絵解』)


 福井県あわら市に吉崎御坊という蓮如上人の旧跡があります。現在は廃寺となって「史跡 吉崎御坊跡」の石碑が建つのみです。文明三年(一四七一)、蓮如上人が建てた房舎には念仏の教えを聞きにやってくる信者が後を断たなかったといいます。
 与惣治とお清夫婦も毎夜御坊に通っていました。しかし、母親のおさとは、あまりよい気がしません。そこで、なんとかして止めさせようとしました。お清がたまたま一人で出かけた帰り道、おさとは鬼の面をかぶって「我は白山権現の使いじゃ。念仏を止めねば喰うぞ」と脅しました。お清は、「喰いたければ喰え、でも、堅い信心までは喰えぬぞ」といい返して逃げ帰りました。
 失敗したおさとは次こそはと思いながら、鬼の面を外そうとするのですがどうしても外れません。途方に暮れてその場に倒れ込んでしまいました。そのうちに、家にいない母親を捜して二人がやって来ました。すると、先ほどの鬼がそこに倒れているではありませんか。よく見るとその体つきは母親そっくり。「母様ですか」と二人はおさとを抱きかかえ、蓮如上人のもとへ行きました。
 おさとはぽつりぽつりといきさつを話しました。若い夫婦が毎夜出かけることへの妬み、上人への不信感、厳しい生活への愚痴などを語る内に、自分が情けなくなってきたのか泣き崩れてしまいました。そして、こんな私でも救われるのですかと上人に問いました。その問いへの上人の答が「今月の言葉」です。
 「鬼のまま念仏申すのじゃ」。この言葉におさとははっとしたことでしょう。「鬼以外の何物でもない私」だったと知れたのです。その時、涙で緩んだのでしょう、鬼の面がぽろりと外れました。


◆12月(2019年)
カメは
カメのままでいい
ウサギは
ウサギのままでいい
ではいけませんか


 童話「ウサギとカメ」はもともとはイソップ物語の一篇です。イソップ物語自体は戦国時代にキリスト教の宣教師によって紹介され、江戸時代には『伊曽保物語』として次第に知られるようになりました。しかし、「ウサギとカメ」の話は含まれていなかったそうで、このお話が日本中に広がるのは明治になってからでした。小学校の教科書に採録され、唱歌になったことが大きな理由です。私たちがよく知っている「もしもしかめよかめさんよ」で始まる「兎と亀」の歌詞は、「金太郎」「花咲爺」とともに、石原和三郎が作詞し明治三十年代に公表したものです。
 このお話の教訓は、明治期の教科書では「油断大敵」とされていたそうです。能力があるからといって相手を見くびって油断したり、怠慢になっては失敗するぞと、ウサギのような生き方を戒めているのです。逆に、たゆまず努力すれば最後は勝利すると、カメのような生き方をほめ称えているのでしょう。
 それにしても、なぜ、明治のこの時期に「ウサギとカメ」の童話が教科書にまで採録されることになったのでしょうか。欧米諸国に追いつこうと富国強兵・殖産興業のスローガンを掲げていた明治政府が、日本の国民、とりわけ、これからの日本をになう子どもたちに、怠慢やうぬぼれを自制し、努力と忍耐を惜しまない精神を浸透さそうとしたのではないか、と思います。
 そうして今、日本は世界の中で大変豊かな国へと成長しました。明治時代のカメが、名実ともにウサギに勝ったのです。しかし、世界を見渡すとどうでしょう、貧富の格差や環境問題が地球を覆っています。私たちは「ウサギとカメ」の続編を考えねばならない時に来たのではないでしょうか。次のような続編を考えました。
 ウサギに勝って高慢になったカメは友達から敬遠され、カメに負けたウサギは仲間から馬鹿にされ、二人とも独りぼっちになってしまいました。ある時二人はばったり出会いました。そして、話し合いました。ウサギは「のろい」とカメを馬鹿にした自分を悔いました。カメは、勝つことしか考えずウサギを起こさなかった自分を恥じました。二人は、お互いの非を謝り、違いを認め合って、ほんとの仲良しになりましたとさ。
 互いに許し合い、違いを認め合う努力と忍耐こそ、今求められているのではないでしょうか。そこを怠けてはいけないのです。


◆10月(2019年)
独り生まれて
独り死にゆく
独り去りて
独り来る
  (『仏説無量寿経』)


 作成中



◆9月(2019年)
大人になるということは
子どもの時にもっていた
素晴らしい宇宙を
忘れることではないか
(河合隼雄 『子どもの宇宙』より)


 この言葉は『子どもの宇宙』という本からの引用です。「世界」というと平面的ですが、「宇宙」というと立体的というか、未知の奥深さを感じます。子どもは未熟な存在という見方が一般的ですが、大人が忘れてしまった世界、大人の理解を超えた世界に触れているということを「宇宙」という言葉で著者は伝えようとしたのではないでしょうか。
 私の孫が二歳のころ、台所の奥で物音一つ立てずに何かしていました。そおっと覗くとキャベツの葉に囲まれながら、むき続ける小さな科学者がそこにいました。私たちにとってキャベツは食材以外の何物でもありませんが、孫にとっては未知との遭遇だったのでしょう。
 ある不登校の高校生がこんな話をしてくれました。昔の人の平均寿命が、短かかったのはなぜかなあと思ってたけど、ようやくわかった。すべてのことがわかってしまったから、もう死んでもよかったんだと。彼は、カーテンを閉めた自室にこもってロックをガンガンならし、光と世間を遮断して哲学者、宗教家になっていたのでした。
 このような事態に遭うと大人は「食べ物をなんてことするの!」と言ってしまったり、「何馬鹿なこと言ってるの」と一笑に付してしまいがちです。社会の常識やルールを身に付け、こどもっぽい考え方を卒業していくことが成長するということですから、そういう接し方が間違っているわけではありません。ただ、子どもの躾や教育は「子どもの宇宙」を壊すことにもなる、と知っておくべきでしょう。
 学校や家庭で「こどもの宇宙」をもっと大切にできるといいですね。「なんてことするの!」をぐっとこらえて、一緒に葉をめくりながらキャベツの仕組みに思いを馳せるのはどうでしょう。「何馬鹿なこと」と思わず、死のことについて話し合うのはどうでしょうか。躾や教育に宇宙的な視点を忘れないようにしたいものです。そのことで、忘れていた「宇宙」を、大人もきっと思い出せるはずです。 


◆8月(2019年)
愚かなるものとして自分を知る
自分をかざったり、いいわけをしたり、
そういうことをする必要はない
(曽我量深『法蔵菩薩』より)


「愚かなるもの」と自分を思っている人は多くはないでしょう。しかし、親鸞聖人は自ら「愚禿親鸞」と名乗られました。「禿」は、髪を剃らず結いもしない頭髪のことです。公認の出家僧ではないということです。「僧でもなく俗人でもない愚かな親鸞」という意味になるかと思います。聖人が自ら「愚」といわれているので、我々も「愚」を素通りするわけにはいきません。
 「愚」は「頭の働きが鈍い、考えが足りない」ということですが、仏教には「愚痴」という言葉があって、これは「仏教の教えにくらい」という意味です。聖人が教えにくらいはずはないのですが、そういう意味も込めて使われているように思います。
 では、聖人がいわれる「教えにくらい」とはどういうことかというと、教え通りに生きられるかどうかに関わることだと思います。たとえば、老病死は思い通りにならないと説くのが仏教ですが、それを知っていても、健康でいたい、若さを保ちたいと執着し苦しむのが私たちです。知ることと教え通りに生きることは別なのです。聖人は、教え通りに生きられない自分を慚愧(自分を恥じること)しつつ、ありのままに見据えられました。それは僧失格の烙印、救われる道の消失の危機でした。
 このような状況に追い込まれていた聖人だったからこそ、「すべての衆生(一切衆生)を決して見捨てない(摂取不捨)」という阿弥陀仏の教えが心底から響いたのだと思います。「すべての衆生」という言葉が、聖人には「お前を救う」「愚のまま救う」と聞こえたはずです。そして、「この私」が救われるなら「すべての衆生」が救われないはずがないと、教えを再確信されたことでしょう。
 「教えにくらい=愚」とは、こういう究極の自分理解から出てきた言葉だったのでしょう。だから生涯変わることはありませんでした。「愚」は、自分に対する非常に厳しい見方ですが、慚愧の心を伴って愚に立てば、もはや自分を飾ったり、言い訳をしたり、背伸びしたりする必要がなくなるのです。老病死が不安なら不安のままでよいのです。「愚」のままでよいのです。「愚かなるものとして自分を知る」とはそういうことだと思います。

 


 

◆7月(2019年)
「止まれ、もう十分だ」と、
こう言えるところに、
実は、
本当の豊かさが
あるのだ
(中川皓三郎)


 「豊かさ」は何で計ればよいのでしょうか。これまでは経済活動の大きさ(GDP)によって計っていましたが、その不十分さが指摘され、最近では、医療、教育、福祉、社会保障等の充実、天然資源の多さなど様々な指標つくりが試されているようです。
 国連も『総合的な豊かさ報告2012年』の中で新しい基準によって20カ国の豊かさを比べています。その中で日本は国としては2番目、国民一人当たりでは、1番だそうです。すごいですね。でも、皆さんそんな実感ありますか。豊かでないとはいいませんが、ナンバーワン、ツウーって感じはしませんね。客観的に示された数字と私たちの感覚にはズレがあります。なぜズレが生じるのでしょうか。
 私は、「豊かさ」には客観的な数値で示せる面と、個人の主観的で感覚的な面の両方があると思います。私たちは常に人と比べて豊かかどうか判断していませんか。そうすると、現在の収入が増えて今より豊かになっても「もう十分」とは感じられず「もうちょっと」と求め続けると思います。
 この精神構造を仏教は「貪欲」と名づけました。貪欲にはそもそも「止まる」という性質は備わっていないのです。だから、どこまでも求め続けるわけです。仏教はそういう人間が堕ちる世界を餓鬼道と呼び、警告を発しています。
 貪欲はまた、時代に応じた魅力的な言葉をまとって私たちを惑わします。「成長」「発展」「進歩」がそうです。私たちが今享受している「豊かさ」はこれらの言葉に牽引されて築かれました。しかし、同時に環境汚染、温暖化、原発問題など地球規模の危機を生み出しました。
 貪欲自体が悪いのではありません。貪欲の性質を知る、それは自分自身を知るということですが、それを怠って振り回されている私たちにこそ責任があるのです。
 「止まれ、もう十分だ」
 よくよく考えてみたい言葉です。


◆6月(2019年)回心
山はやま 道もむかしに
かわらねど かわりはてたる
我がこゝろかな

【山も道も昔のままだが 私の心はよくぞここまで
変わったものだなあ】

明法房(弁円)


 私たちの心はそう簡単には変わりませんが、特別な人物や深い出来事に出遇うと変容することもあるようです。これが回心(仏教では「えしん」と読みます)とよばれる宗教的体験です。今月の歌はそのような経験を物語っています。(題の「回心」は私が付けました)
 この歌は、親鸞聖人の弟子明法房が聖人との出遇いを振り返って作った歌です。明法房は常陸国(現茨城県)の修験者(山伏)で弁円といいました。山伏は、山に住み苦行を積み、修行が完成すると村人の願いに呪術で応えたそうです。弁円もそのような山伏の一人でしたが、人々が親鸞聖人の念仏の教えに帰依していくことに焦りと怒りを覚え殺害を企てました。聖人の絵伝には、剣と弓を携えた山賊のような出で立ちの弁円が描かれています。板敷山での待ち伏せに失敗すると聖人の住む稲田の草庵に乗り込みました。ところが、聖人に接するや弁円はたちどころに回心して弟子となり、以後、明法房と名乗りました。非常に劇的な回心ですね。
 これが、伝えられる弁円回心のエピソードです。一般的には、弁円の回心は聖人の宗教的な深い威風に打たれたからと説明されます。確かにそれもあったでしょう。しかし、弁円のような劇的な回心はそれだけでは起こらないのではないでしょうか。
 山伏の修行の目的は覚りを開いて仏となり衆生を救うことと、修験道に詳しい方が言われていました。ここからは私見ですが、もしそうなら弁円も己の呪力で人を救おうとしていたのではないか。しかし、己の呪力の限界をどこかで感じていた。だからこそ、聖人への警戒心と怒りを強く感じたが、同時に聖人の教えに関心もあったのではないか。つまり、聖人と出遇う前に、弁円の中に回心の芽吹きがあったのではないか、そう考えると劇的な回心も納得がいくのです。
 なぜこんなことをいうかというと、人が変わる時というのは、相手の偉大さや出来事の深さもありますが、本人の回心への芽吹きの有無も関係するのではないかと思うからです。親鸞聖人の法然聖人との出遇いにもそのことはいえると思います。もう少し卑近な例で言うと、今の生き方でいいのか、何のために生まれてきたのかと自分に問いかけることってありませんか。もっと身近なことでは、仏教・浄土真宗を学びたい気持ちになることってありませんか。これらも回心の芽吹きだと思うのです。そして、こういう心の待ち受け状態がないと回心は起こりにくいのではないでしょうか。逆に言えば、そういう気持ちが起こってきた時は、ぜひ仏教の門をたたいてほしいのです。必ずしも回心がおこるとは限りませんが、人生にとって大切な出遇いが待っているように思えますから。


◆5月(2019年)
私は
「一病息災」といわず
「一病礼拝」ということにしています。
今日一日を生きるということは
最高の医学をもってしても
十分説明できない
不思議であります。
(平澤興『さあ、がんばろう』)


 平澤興さんは脳神経解剖学が専門で、京都大学教授・総長を務められた方です。浄土真宗の篤信の念仏者でもありました。平成元年に八九歳で逝去されました。
 「一病息災」というのは、重すぎない病をもっていたほうが体に気をつけるので、かえって長生きできるという意味です。「息災」は仏教用語で、仏の加護で災いを鎮め・とめるというのが元々の意味です。「息」には「とどめる」という意味があるのです。「無病息災」もそうですが、私たちの切ない願望を表している言葉です。
 これに対して平澤さんは「一病礼拝」と言われます。「礼拝」ですから、病いを敬って頭を下げるというのです。続く文を読むと、「今日一日生きること」の不思議さに、「病」のお陰で気づかされたということなのでしょう。医師としての経験や深い思索から生まれてきたのであろうことは想像できます。ただ、「礼拝」とまで仰る心が今の私にはまだピンと来ないのです。
 私なりに頭で解釈して書けなくもないのですが、得心のいく文章にならないのです。それで思ったのです。「私はわかっていないのだ」と。だから、無理に書くのをやめました。「一病礼拝」が身と心にも響いてくるまで。
 お経の文句や解釈でもそうですが、繰り返し読んでいる内に覚えてしまいわかった気になってしまうのです。「知っている」だけなのに。「知る」は頭の仕事。「わかる」は頭と心と身の仕事。頭だけにならないように、用心用心。


◆3月(2019年)
遠く
宿縁を
慶べ
(親鸞聖人)


 この言葉は親鸞聖人の主著『教行信証』の「総序」(序文))の後半に出てくる一節です。その前のところから、私なりに解釈してご紹介しましょう。
 煩悩に汚れた世界を捨てて、清らかな覚りの世界をめざし、いろいろな方法(仏教では「行」)を試みてはうまくいかず迷い続け、結局確かなもの(仏教では「信」)にであえない。煩悩は捨てられる、努力すれば報われると考えていること自体が思い上がりなのに、それに気がつかず、頑張れば、心が清らかになる、ましな人間になると思っているから迷い、失敗を繰り返すのだ。
 しかし、そんな者であっても、求め続けていること自体は大事なことだ。何かのご縁で浄土の教えに出遇えるかもしれないし、むしろ、そういう人のためにこそ浄土の教え、念仏の教えはあるといえるのだ。だから、もし、浄土の教え、念仏に出遇い、己のすがたに気づかさせて頂けたら、それは実に希なことであり、過去からの無数の因と縁に、深く深く感謝すべきである(遠く宿縁を慶べ)。・・・・・

 三月三十一日に親鸞聖人七百五十回大遠忌法要と永順寺創建四百年慶讃法要を当院で営みます。七百五十年、四百年の歴史、ひいては、浄土教・仏教の歴史は、この私が浄土真宗の教えに出遇うためにあったのだと受け止めていくこと、それが「遠く宿縁を慶べ」ということだと、私は頂いています。皆さんもご一緒に「慶び」ましょう。


◆2月(2019年)
「鬼 も 福 福 も 鬼」
鬼と福を 超えるのが
仏の道
(当院住職)


 

 節分というのは、読んで字のごとく「季節を分ける」ということで、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれの前日をさしますが、通常は立春の前日を節分とよびます。季節の変わり目には、昔から邪気が生じるとされてきたので「鬼は外、福は内」とかけ声を掛けて豆をまいて鬼を追い払ったのです。鬼とは邪気のことで、悪い結果をもたらす気のことです。「福」は幸福です。豆をまくのは、魔(鬼)の目に豆を当てて摩滅させるという語呂合わせのようです。  
 節分に限らず除災招福を願うのは私たちの自然の情です。合格、長寿、家内安全、無病息災、商売繁盛など。仏教ではこれらを現世利益といい、そのような願望をもつこと自体は否定はしません。しかし、それが満たされてもほんとうの仕合わせとは言えませんよ、と釘を刺します。  
 「福」は実現した途端に「あたりまえ」になり、喜びの色が失せてしまうからです。時には不満の種へと変わります。「鬼」が「福」を生むこともあります。病気によって家族の優しさ、健康の尊さを実感することもあります。身近な死が生についての深い洞察を与えることもあります。  
 つまり、福も鬼も固定されたものではないということです。変わることのない幸福(福)も不幸(鬼)もないのです。あらゆる事柄は常に変化します。仏教というのは、そのような鬼も福も超える道を求める教えなのです。


◆1月(2019年)
煩悩が滅せられるとはなくなることではない
わが身の罪悪が照らし出されて明るみにでることである
(細川 巌(取意) 『唯信鈔文意講義』)


 ある浄土真宗の寺院通信を元に、今月の言葉を考えてみます。通信を書かれているご住職が、某新聞社の社会部のデスクAさんにこう聞いたそうです。「新聞作りで一番怖いことは何ですか」と。誤報とか取材先からの圧力とかを考えていたそうですが、答えは「紙面が埋まらないこと」でした。締切りに追われて紙面を作るのがデスクの仕事。それが、記事が足りずに紙面に穴があく。これが一番恐ろしいことだそうです。
 そのAさんに忘れられない経験がありました。記事が足りなくてタイムリミットになる寸前、電話が入りました。交通事故で4人が死亡。思わず「しめたっ! これで紙面が埋まるぞ」と思ったそうです。次の瞬間、Aさんは愕然としました。「一体俺は何を思っているのだ」と。Aさんは、命の尊さを訴えることを記者の使命と考えてきた方だそうです。誰れよりもいち早く自死問題を提起し、自死予防運動に関わってきた方です。そんなAさんが、デスクの座について死亡事故を喜ぶようになってしまった、命の見方が変わってしまったと述懐されたそうです。その心労もあってか病に倒れ、入院されてしまわれました。
 「しめたっ!」これが煩悩です。その直後にAさんは「一体俺は何を思っているんだ」と己を顧みられました。これが「わが身の罪悪が照らし出されて明るみに出る」ということでしょう。Aさんがその気づきをどう感じられたかはわかりませんが、浄土真宗においては、「阿弥陀如来の光に照らし出されて」と受け止めて、己の手柄にしないのです。
 なぜかというと、誰しもがAさんのように愕然とするとは限らないわけで、そのように気づく無数の因と縁があったからと捉えるからです。それを「阿弥陀如来の光に照らされて」とか「如来様のお陰で」と表現するのです。このような受け止め方と表現の仕方をするのが浄土真宗なのです。
 煩悩は考える前に動くので、制御もできずなくなりもしません。でも、気づくことはできるのです。その時「お恥ずかしいわが身と気づかせて頂いた」と慚愧(己をよく見つめ罪悪を深く恥じいること)しつつ、それでも、いのちの限り生きていくのが浄土真宗の信者なのです。このいのちもまた無数のご縁によって、阿弥陀様のお陰で頂いたのですから。


◆12月(2018年)
いつか 誰でもこの星にさよならを
する時が来るけれど命は継がれていく
生まれてきたこと 育ててもらえたこと
出会ったこと 笑ったこと
そのすべてにありがとう
この命にありがとう
(竹内まりや『いのちの歌』より)


 私の曾祖父の話をします。曾祖父は嘉永五年(一八五二)七番目の男子として生まれました。六歳の時、住職であった父をなくし翌年母親をなくします。その後、紆余曲折を経て明治十四年(一八八一)二十九歳で住職になります。五人の子に恵まれますが、自身は明治二十一年(一八八八)三十六歳でなくなります。その長男が私の祖父です。
 曾祖父が七歳までに両親をなくし、自身も三六歳の若さで往生したという事実を知ったのは、つい最近のことでした。そういう時代だったのでしょうが、それでも、自分自身がそうであったように、幼い子どもを残して往くことは、辛くさみしいことだったと思います。
 曾祖父の人生についてもう一つ気づいたことがありました。それは七番目の子であったのに、住職になっていることです。よく調べてみると、なんと、上の六人の兄たちが全員八歳までになくなっていたのです。この事実は衝撃でした。しかし、思ったのです。六人の兄たちの死がなければ、私は生まれてなかったのだと。この気づきの方がはるかに衝撃でした。私は六人の死によって命を頂いたのです! さらにいうと、曾祖父の孫に当たる私の母も、五年間に五人の肉親を失っています。その二人は母の兄、つまり、住職予定者でしたから、存命であれば住職になっていたはずです。そうなれば母はどこかへ嫁ぎ私は生まれなかったのです。私の命は何という「有り難き」希有な因縁によって紡がれたのでしょう。
 自分のいのちが決して己一人のものではないこと、命が絨毯の結び目のように連続して繋がっていること、生と死は断絶していないこと、それらを深く自覚したことでした。
 これは私の「いのちの歌」です。


◆11月(2018)
不疑と無疑
疑ってはならない(不疑)のが
信仰ではなく、
 疑いえない(無疑)ことに
 出遇うのが
 信仰である。
 (当院住職)


 信仰は「疑ってはならない(不疑)」が前提と考えられているようですが、そこにはすでに疑いが含まれていますから、その疑いの心が消えるかどうかで信心の深さがはかられることになります。でも、ほんとうに消してしまうことは、なかなか難しいですから、疑いの心が出てきたら、できるだけ見ないようにするか、ひたすら打ち消すしかありません。そして、「疑ってはいけない。信じなければいけない」と自分に言い聞かせる。無意識にそうしてしまうこともあるでしょう。「不疑」を前提にする信仰はこうなっていくように思います。
 仏教・浄土真宗は、「不疑」を前提にはしませんから、疑いの心が起こってきても慌てて消そうとする必要はありません。たとえば、浄土真宗を一言で言えば、「ただ念仏」ということになりますが、この言葉に疑いの心が起こってきたらどうすればよいでしょうか。これは起こって当然の疑問です。何でそんな簡単なことで救われるのかと思わない方が不自然とさえいえます。
 実は私自身もずっと疑問でした。でも、ある方から次のように教えられました。「『自分の納得』と『仏の教え』を並べて、どちらがより信頼に値するかということだけです」と。私たちは自分が納得しないと受け容れません。理解できないことは拒否するのです。それで考えました。『仏の教え』が生まれて二千五百年、浄土の教えが開かれて二千年、親鸞聖人の浄土真宗から約八百年。その間、どれだけ多くの方が実際に救われてきたことかと。
 そう考えると、『自分の納得』より『仏の教え』が信頼できるのは歴然とした事実であり、疑いえないことです。これが「無疑」です。無疑である「仏の教え」は変わりませんから、私は安心して迷えます。これが浄土真宗です。
 私は今やっとここから歩み始めました。皆さんも一緒にスタートしませんか。


◆10月(2018)
蝉に聞いてみた。
土中の七年間
地上の七日間
どちらがよかったかと。
蝉が答えた。
そんな違いがあるのか!と。
(当院住職)


 蝉は、長い地中生活に対して、地上ではわずか一週間、長くても一か月ほどしか生きられないそうです。だから蝉はかわいそうだと私たちは思っています。いのちの儚さの喩えに蝉はよく登場するのはそのためです。
 でも、それは人間の勝手な思い込みではないかと語るのは詩人の木村信子さん。
  
  せみはたった一週間の命のために
  永い年月、土の中で暮らさなければならない
  というけれど
  土の中の年月こそ
  せみの本当の命のよろこびなのかもしれない
  地上のよろこび、なんて思うのは
  人間のかってな想像だ
 
 なるほど一理ありますが、これもまた人間の勝手な思い込みと蝉に言われるかもしれません。思い込み抜きに考えるのは難しいですが、蝉は夏に生まれ夏の間に死にますから、春も秋も知らないというのは事実でしょう。ということは、夏が夏と呼ばれることも当然知りません。何が言いたいかといいますと、土中と地上を分けるということ自体が人間の勝手な仕業だということです。
 人間は、なんでも分けて、比較して善し悪しを決めたがります。究極は生と死。生は善、死は最大の悪であり敗北。これが人間。蝉はそもそも何も分けません。夏と春も、土中と地上も、生と死も、そして、自分と世界も。すべてが一つ。それが蝉だ、といわれそうです。


◆9月(2018)
その草が木に見えるか
その石ころが岩に見えるか
蟻よ 私は何に見えるか
   (星野富弘『鈴の鳴る道』より)


 蟻ほど身近な昆虫はいないのではないでしょうか。寺の庭にも、名前は知らないのですが、大小二種類の蟻が昔からいます。部屋に入ってくると時々刺されたり? 厄介ですが、庭にいる限りはかわい虫さんです。でも、何せ小さいですから、子どもにとっては、自分が威張れる数少ない相手でもあって、いじめられたり踏みつぶされることもあります。
 寺にいる蟻は五ミリほどでしょうか。私の身長は一七五㎝余りですので、蟻の三五〇倍です。それは私が音羽山(五九三㍍)を見上げているようなものですから、蟻にとって人間は巨大な山なのです。体の大きさは、私たちを尊大にする最も基本的な理由なのでしょうね。相手が小さければ小さいほど罪悪感すら感じないのではないですか。
 先日、何気なく庭の蟻を見ていて、こんな小さな体の中に人間と、構造は違うにしても、命を保つということでは全く同じ機能が揃っているのだと感じました。体の大きさや構造の複雑さとは無関係に、命という一点においては全く対等なのです。そう、対等!なのです。
 蟻は、そんなこと考えもせず日々自然の摂理に従って生きているだけです。人間に踏まれるのも摂理と思っているのでしょうか。それなら悲しいことです。確かに、他者の命を奪わずには生きられないのが人間です。「食べる」ということが命を奪うということだからです。ですから、少なくとも、意図的に奪うことだけは慎むとともに、いつも他の命に感謝と慚愧の心をもって生きたいものです。


◆8月(2018)
ついでに生きる。
そういう肩肘張らない、
そこにただ在るように生きる。
そういう生き方も
いいものだと思う

(高垣忠一郎『癌を抱えてガンガーへ』より)



 高垣さんは元立命館大学教授で、「自己肯定感」という言葉を初めて使われた方です。不登校の子どもと親御さんにずっと関わってこられた方でもあります。『癌を抱えてガンガーへ』は高垣さんが前立腺癌を患われた時に書かれたものです。癌との診断を受けてから手術を決意され、仕事に復帰されるまでの心の揺れ動きが赤裸々に語られています。「八月の言葉」はその中の一節です。
 「ついでに生きる」と言われると、肩の力が抜けるというか、ちょっと周りを見回す余裕が生まれるというか、生き方が少し楽になる気がします。人も自分も「まあいいか」と少し許せる気分になります。
 では、「ついで」という感覚がどこから生まれたのかと考えると、それは、癌を患われて死に直面されたこと、世事を離れてガンガー(インドのガンジス川のこと)へ行かれたこと、この二つの非日常的な経験が関係しているのでしょう。そこから、「いのち」というその一点の尊さを心底から感じられた。するとこの世の仕事や人間関係などの比重が軽くなった、そういうことではないでしょうか。
 これは、仏教徒がめざす境地に似ています。そういう境地に立てればよいのですが、「ついでに生きる」と思った次の瞬間、肩肘張ってしまうのが私たちではないでしょうか。だから、浄土教では自分を振り返りつつ、それが真に実現される場を「浄土」と表現し、そこに向かって歩み続けることを真宗信徒の生き方としたのです。


◆7月(2018)
喜んでいる人がいても
怒っている人がいても
哀しんでいる人がいても
楽しんでいる人がいても
苦しんでいる人がいても

その人のありのままを
受け止められない私
そんな救いようのない私が
救われる道があるという

 それが慚愧の心
 南無阿弥陀仏の道
 
※慚愧・・・自分の罪を恥じ、他者に罪を告白して恥じ許しを請うこと(『浄土真宗辞典』)
 (当院住職)


 喜んでいる人を見ると、「ほどほどにしとけば」と思ってしまうことがあります。人が怒っていると、「それほどむきになることはなかろう」と諭したい気分になります。哀しんでいる人がいると、「いつまでも哀しんでいてはだめよ」と、一層苦しめてしまう。楽しく遊んでいる子どもに、「遊びと同じくらい勉強もがんばろうね」と、楽しい気分に水を差す。苦しんでいる人がいても「みんな同じ」とか「私はもっと苦しかった」と心の中でささやきます。
 私たちは、周りの出来事や人を、上記のようにいつも自分の秤(価値観)ではかっています。この秤は、重しが一つしかない天秤ばかりのようで、何をはかっても、滅多に釣り合うことはないのです。そればかりか、釣り合わないのを相手のせいにして、批判・批難してしまうのです。これが私たちの普通の姿ではないでしょうか。
 このことを自覚している人は、多くないかもしれません。でも、心のどこかでそういう自分が嫌だなあと思っている人は少なくないようにも思います。場合によっては、自分は救いようのない人間だと、落ち込んだりしている人があるかもしれません。仏教は、こういう自分を自覚して変えていく宗教と考えられているように思います。しかし、果たしてどこまで自覚し変わることができるのでしょうか。
 親鸞聖人が大事にされたのは、自覚や変化ではなく、そのような自分を恥じ、痛みを感じているかどうかでした。これを慚愧の心といいます。慙愧がなければ人ではないともされました。この言葉、よくよくかみしめたいものです。


 

◆6月(2018)
今日の朝
今日の私が誕生し
今日の夜
今日の私は
死んでいくのだ
(田畑正久『大往生できる人できない人』より)


 寺の庭にある松や椿は一年中葉をつけています。「常緑樹だから当たり前」と思っていました。ある時、庭の落ち葉を集めながら気がつきました。常緑樹も落葉するのだと。調べてみると、ほとんどの常緑樹は
一~二年ですべての葉は落ちて生え替わるということでした。見た目は変わらないのですが、そんなに変化しているのです。
 人間も同じです。たとえば、赤血球の寿命は百二十日、血小板は三日~十日だそうです。人間の体は六十兆の細胞でできていますが、毎日三千~四千億の細胞が死んでは生まれ、生まれては死んでを繰り返しているそうです。
 「生きている」ということは、死と生が繰り返されている、死と共にあるということなのですね。ですから、「いのち」といっても自分の中に恒常的な何かがあるのではなく、間断なく変化し続け、生と死を繰り返しているということが「いのち」ということなのです。
 しかし、「私」という意識は変わらずにあります。昨日の「私」と今日の「私」は同じだとしか思えません。このような「私」という一貫性は生きていく上で大事な意識ですが、「私」へのとらわれを生み出し、苦悩の原因となる元凶でもあります。この矛盾・葛藤を越えて、「わたしわたし」というとらわれと、そこから生じる苦悩を柔らげ、生きる勇気を与えてくれるのが「六月の言葉」ではないかと思います。


◆5月(2018)
最も深い迷いは
自分は間違っていないという
無意識の思い込みである


 「迷い」というと、道に迷うことが思い浮かびます。もうだいぶん前、鈴鹿の山を歩いていたときのことです。歩けど歩けど目的地に着きません。道はあっているはずなのにおかしいなと思いつつ念のためと地図を見ました。そしたらなんと反対方向に進んでいたのです。「間違っていない」という思い込みこそ一番危ない迷いだなあと思いました。
 日常生活でもそうです。普通は、自分が間違ってはいないと無意識で思っているものです。だから平気で生きられるのです。でも、その思い込みが一番危ないかもしれないのです。ではどうすればよいのでしょう。
 山歩きの時がそうだったように、先ずは地図をもつこと、そして、間違いないと思い込まず常に地図を見ること、これが大切ではないでしょうか。みなさんはそういう地図をお持ちですか。「持ってません」と言われるかもしれませんが、皆さんが仏教徒であれば「仏教」がそれなのです。浄土真宗の門徒であれば親鸞聖人の言葉です。ですから、お寺に行くのは何のためかと言えば、それは、確かな「地図」である仏法を聞いて自分が間違っていないかを常に確かめるためなのです。
 「私は聞かなくても大丈夫」と思っておられるとしたら、その思い込みが一番危ないのです。最も深い迷いに落ち込んでいるかもしれないのです。迷ったら見るのではなく、日頃から見ていなくてはいけないのです。
 その点、僧はラッキーなはずです。なぜなら、仏法を聞く機会に恵まれているからです。それでも、「自分は間違っていない」という迷いに落ち込むのです。お寺にいる、僧であるということが「自分は大丈夫」という慢心を生むからです。自戒を込めてここで書き加えておきます


◆4月(2018)
夜をあんなに
明るくしといて
夏をあんなに
寒くしといて
まだまだ足りないなんて
(姫野洋三作詞作曲『若狭の海』より)


この詩は、大分のシンガーソング・ファーマーの姫野洋三さんが作られた『若狭の海』という歌のサビの部分です。もう少し紹介しましょう。
 
 足で扉を開けて 足を使わず階段のぼって
 電気でお湯を沸かして 電気で野菜をつくる

 味も香りもない放射能 毎日せっせと作り続けて
 孫の孫の孫の孫の代まで 汚れた世界だけを残すという

 原発に反対する人は多いし、私もその一人ですが、果たして電気に依存する自分の生活を改めようとしている人はどれほどいるでしょう。快適な生活はそのままに、原発反対を叫んでも空しいだけであり、身勝手というものです。
 原発問題は政治や経済に責任があるのは当たり前ですが、それらが私たちの願望によって動いているのも事実です。つまり、孫の孫の孫の孫の代の安心安全より、今の自分の快楽・快適を求めて止まない私たちにこそ責任があるということです。それがこの歌に込められた姫野さんのメッセージではないかと私には感じられます。
 原発問題に限りません。政治や経済の問題解決が難しい究極の理由は、貪欲に振り回され、そのことに気づきもしない私自身に、人間存在そのものにあるのです。これをあらゆる人間の共通点とし、ここから物事を考えていく必要があるのではないでしょうか。


◆3月(2018)
人生には
無駄なことは
何一つありません
(平野恵子)


 平野恵子さんは、飛騨高山にある浄土真宗の寺院の坊守(住職の妻)でした。三十九歳の時、腎臓ガンの告知を受け、夫と三人の子どもを残して、四十一歳で往生されました。 
 「今月の言葉」は、その二年間に綴られた言葉をまとめた『子どもたちよ、ありがとう』(法蔵館)という著書からの一節です。上の「言葉」の前後をご紹介します。
                        *
 死は、多分、それがお母さんからあなた達への、最後の贈り物になるはずです。 
 人生には、無駄なことは、何一つありません。お母さんの病気も、死も、あなた達にとって、何一つ無駄なこと、損なこととはならないはずです。大きな悲しみ、苦しみの中には、必ずそれと同じくらいの、いや、それ以上に大きな喜びと幸福が、隠されているものなのです。どうぞ、そのことを忘れないでくだきい。 
 たとえ、その時は、抱えきれないほどの悲しみであっても、いつか、それが人生の喜びに変わる時が、きっと訪れます。深い悲しみ、苦しみを通してのみ、見えてくる世界があることを忘れないでください。そして、悲しむあなたを、苦しむあなたを、そっくりそのまま支えていてくださる大地のあることに気付いて下さい。それが、お母さんの心からの願いなのですから。


◆2月(2018)
人のいうことを
ナルホドそうかと うなづけたら
何かそこには 小さな花が
咲くようである
(榎本栄一)


 人のいうことにうなづく「なるほど」には二つの場合があるように思います。一つは、自分の考えにぴったりで「我が意を得たり」と合点がいく場合です。その通りと思わず手をたたきたくなるような場合です。相手と自分がピッタリ一致した感じといってもよいでしょう。でも、それは「あの人は物事がわかってる」と自分のものさしで評価している態度でもあります。
 もう一つは、自分の考えとは違うが、よくよく考えてみると、その通りだとうなづかざるを得ないような場合です。相手の言葉によって、自分の考えの枠組みというか物の見方が広がった、あるいは、覆されたような経験といってもよいでしょう。
 最初の「なるほど」は、自分は何も変わっていませんが、後の「なるほど」、これが榎本さんのいう「ナルホド」ではないかと思うのですが、こちらは自分が変化しているのです。自分よりも相手のものさしを信頼しているのです。その究極のものさしが南無阿弥陀仏の念仏の教えとするのが浄土真宗です。
 教えはそれが真実であればあるほど「なるほど」と納得しがたいものです。なぜなら、凡夫は真実を好まないからです。これを迷いといいます。迷いから覚めるには教えに触れ続けるしかありません。そして、「ナルホド」とうなづくことができれば、きっと、そこに小さい花が咲くことでしょう。

 


 

◆1月(2018)
迷惑を かけずに生きることは
だれもできない。
しかし、迷惑にはかけない方がよい迷惑と
かけてもよい迷惑もあることを
知っておきたい。
(当院住職)


 

 私たちは、自分が被った迷惑には敏感で、かけた迷惑には鈍感です。だからトラブルになるのでしょう。いずれにしても、「迷惑」と無縁で生きることは誰もできません。「人に迷惑をかけたことはない」という人があれば、それは「人と関わったことはない」と言うに等しいと思います。 
 ところで、最近、「迷惑をかける」という理由で、お葬式は直葬、お骨は散骨、法事はしなくてよい等という人があるそうです。ほんとうにそれでよいのでしょうか。 
 私はこれらの仏事は、妙な言い方ですが「かけてもよい迷惑」だと思うのです。その理由は、こういう仏事がないと死や命に向き合い、考える機会がないからです。多くのご縁で自分が生まれ、生きてきたことに気づけないからです。つまり、仏事は、なくなった人のためにするのではなく、残された者のためにあるのです。言い方を変えると、仏教徒の一生の最後の大仕事は、自分の死に一人でも多くの人に出会ってもらい、仏縁を繋ぐことなのです。もし、仏事を慣習化された無駄な儀式だと思っている人があったとしたらそれは大間違いだということです。 
 それでも、若い世代の負担を気遣う気持は拭えないかもしれません。だから、「かけてもよい迷惑」などと妙な言い方をしたのです。もうおわかりと思いますが、「かけてもよい」理由は、仮に、次代の者にとって負担や迷惑であったとしても、仏事は、それらを越えてあまりある大切な機会になるはずだからです。このことをよくよく踏まえ「しっかり頼むぞ」と託すことこそが年長者の役割なのではないでしょうか。


◆12月(2017)

カラダよ

   人生 生きて七十年
   わたしをまもってくれた
   カラダよ-

   あなたのおかげで
   生きられた
   わたしわたしという
   このわたしが
   あなたのおかげで
   生きられた
 
   真夜中に
   ハラを撫でつつ
   かくおもう
   “お お カラダよ-”
    (木村無相) 
 


 

 十月はじめに風邪をひきました。いつもならノドの痛みから始まって、鼻づまり、頭痛など症状が一巡して回復します。ところが今回はノドの具合の悪さがずっと続き、お勤めを始めると咳が出るという始末の悪さ。結局収まるのに一月ほどかかりました。
 その頃台風二十一号がやって来て大きな被害を各地にもたらしました。人間にはなすすべ無しです。通り過ぎるのを待つばかりです。自然は私の思い通りには、決してなってくれません。それで思ったのです。私の身体も同じだ。風邪が治るのを待つばかり。身体は、私のモノではなく 自然そのものだったんだ! と。
 手も足も自分の意志で動かせるし、運動で健康を保つこともできる。治せる病気もたくさんある。確かにそのように思えますが、それらも勘違いなのです。私が身体をコントロールしているように思えますが、実は、身体がそのコントロールを受け容れているからこそできるのです。身体がノーと言えば、それこそ手も足も出ないのです。
 一番近いところに、自分の思い通りにはならないこと、カラダがあったのです。でも、カラダはずっとずーっと、わたしのことを認め、私を生かし、私を守ってくれていたのでした。ありがとうカラダ。


◆11月(2017)
自分に都合がよければ
相手の悪も善にみえ
自分に都合が悪ければ
相手の善も悪にみえる
(毎田周一)


 高速道路を走行していたときです。制限速度を少し超えていたのでしょう、私の車に覆面パトカーがピタッとついているのに気がつきまし た。「あ~捕まる!」と思った時、私の車を猛スピードで追い越す車がありました。その途端覆面パトはサイレンを鳴らしてその車を追跡し始めました。その瞬間ポッと湧いてきたのは「速度違反の車のお陰で助かった」という気持ちでした。
 教員をしていた頃、仕事がたまって困っていたら同僚が「手伝いましょうか」と声をかけてくれました。それは助かったのですが、仕事のできばえが私よりよくて皆が彼を褒めました。それを見て「頼まなければよかった」と親切な同僚を逆恨みした私でした。
「お陰で助かった」も「逆恨み」も自然に湧いてきた気持ちです。この気持ちは自分に損か得か、快か不快かが物差しであって善悪や正邪が物差しではないのです。「私」中心なのです。ですから、湧き出てきた自分の気持ちの情けなさやきたなさ、えげつなさに我ながらびっくりすることがあります。まことにお恥ずかしいかぎりです。
 そんな自分は受け容れられないので、その気持ちを抑え込んだり、ないことにしようとします。気持ちと逆の言動をとることもあります。先の例で言えば、できばえのよい仕事をした同僚を皆と一緒に褒めるといった行動がそれです。社会で生きていく上ではそれはそれでよいでしょう。
 ただ、浄土真宗はそのようなお恥ずかしい自分から目をそらさないし、そらさなくてもよいのです。湧き出す気持ちを受け容れられない自分からも、逆の行動を取ってしまう自分からもそらさないし、そらさなくてもよいのです。安心して自分を見つめる。それが救われることにつながるのです。


◆10月(2017)
殺すことなく、 殺さしめることなく、
勝つことなく、 勝たしめることなく、
悲しむことなく、 悲しませる ことなく、
法によって統治する
ことができるであろうか
(釈尊 『相応部経典』)


 れは釈尊が悟りを開かれた後、あるところで瞑想をされていたときに浮かんだ言葉だといわれています。戦争に言及されていることを意外に感じられる方があるかもしれません。しかし、釈尊は慈悲と非暴力を重視された方です。戦争によって人々が殺し合い悲しむ様子を見て、いたたまれなかったのでしょう。 この考えが浮かんだとき心の中の悪魔がささやきました。「そう思うならあなたが王となって治めなさい」と。釈尊は出家前は一国の王子でしたから、王になることも不可能ではなかったかもしれません。しかし、釈尊は伝道の生活を続けられました。王になって理想の政治を実現できたとしても老病死はなくなりません。自分の役割は、苦しむ人を教えによって救うことだと改めて思いなおされたからでしょう。と同時に、統治者に対して、慈悲と非暴力を政治の上にも反映してほしいと強く望まれたに違いありません。 今日本は戦争に巻き込まれる、あるいは荷担することになるかもしれない危機的な状況にあります。今すべきことは、誰が正義かを判定することではありません。なぜなら、誰もが自分は正しいと思っているからです。正義の御旗は自己の行為を正当化するための道具として使われた歴史を忘れてはなりません。 今まさにすべきことは、絶対に戦争を回避することです。そのためにあらゆる手段を尽くすことです。とりわけ、仏教徒である政治家の皆さんには、仏弟子として釈尊の精神に立ち返り、戦争を未然に防ぐべく行動していただくことを切に願います。


◆9月(2017)
生かされている
ということは
結論ではなく
出発点である
(池田勇諦)


 「生かされている」というのは、人に頼らず自分の意志と力で生きているという思い込みが覆された時に生じる感覚を言葉にしたものだと思います。それは、いのちに関わるような経験や深い自己洞察によってもたらされる境地といえます。
 一人暮らしの高齢の男性の家にお参りに行ったときのことです。お参りの際には孫たちが来て、お勤めの準備や私の接待をしてくれます。お勤めの後その男性がこういいました。「ごえんさん、私は人の世話にだけはならんようにと思ってます」と。気がつかんのですね、すでに、自分の力だけでは生きていないことに。孫たちは優しく笑っていました。
 この男性に限ったことではありません。自分の力で生きている人など誰一人いないのですが、気がつかないのです。
それが、大病をしたり大切な人をなくしたりした時に、突然気がつくことがあるのです。
 この経験は感動を伴うような深い出来事ですから、生きている意味がわかったような気持ちになるのかもしれません。池田勇諦師は、そこを指摘されているのです。つまり、感動に浸って満足していてはいけない、大切なことは、「生かされている」という気づきを出発点として、これからどう生きるかが重要だと言われているように思うのです。
 「生きる」というのは現実です。繰り返しになりますが、「生かされている」という深い仏教的な境地を、「生きる」という現実の生活にどうつなげるかということを問われているのではないでしょうか。仏教は、「生きる」ということの中にこそあって、決してその外にはない、ということなのかもしれません。


◆8月(2017)
あやまちは人間をきめない
あやまちのあとが人間をきめる
あやまちの重さを
自分の肩に背負うか 
あやまちからのがれて 
次のあやまちをおかすか
(ブッシュ孝子)


 これはブッシュ孝子という方が書かれた「あやまち」という詩の一部です。  
 「あやまちの重さを自分の肩に背負う」というのは、責任や罪を逃れたい保身の心を抑え、自分のあやまちを認めそのように表明することだと思います。しかし、あやまちによって生じる事態の重大さ、たとえば、信頼や信用の失墜、立場や人間関係の崩壊、関係者への罪の波及、家族への迷惑などを考えると、心が震えて「肩に背負う」気持ちが萎えてしまうように思います。心は、いかにしてそのような事態から逃げられるか、あやまちを無かったことにできないか、ということで占められてしまうでしょう。これが私たちに起こる普通の反応ではないでしょうか。
 私のような一市民が、右に見てきたような重大な事態の当事者になることはあまりないかもしれません。しかし、職場や友達関係、夫婦・家族間で、あやまちを犯すことはよくあります。そんな時、やや大げさですが、「あやまちの重さを自分の肩に背負」っているかと言えば、そうでもありません。弁解したり、小さな嘘を混ぜたり、話を少しオーバーにしたりカットしたり、巧みに自分のあやまちを小さく見せようとしている私があります。
 いつ頃かそんな自分に気づきました。それ以来、できるだけ弁解せず嘘やオーバーな表現をそぎ落として話すように心がけていますが、容易には落ちません。おのれ大事で自分を護りたいのです。これが仏教のいう我執でしょう。
 ブッシュ孝子さんの言葉は厳しいですが、あやまちの重さを背負えきれないおのれに向き合うことも、それはそれで厳しいことであります。真宗への道はそこから開けます。


◆7月(2017)
宅あれば宅に憂う
田なければまた憂えて
田あらんことを欲う
宅なければまた憂えて
宅あらんことを欲う
(『仏説無量寿経』)


 何かが欲しくて、そのことから心が離れない、とらわれてしまうことってよくあります。私たちは欲望を刺激する情報の海に浮かんでいるようなものです。新聞の折り込み広告、テレビショッピング、通販、インターネットショッピングなどなど。これらを目にしない日はないほどです。だから、ついつい必要ないものにまで手が出てしまうのだ、といいたいのですが、釈尊の見方は違います。
 『仏説無量寿経』の中で、釈尊は、「田あれば田に憂え、宅あれば宅に憂え」と、ものがあることでおこる心の煩いを指摘されています。人が自分以上のものをもっていたり、新製品が売り出されると自分のものがつまらなく思えてきます。手に入れた瞬間は喜びに満ちていても、すぐに色あせて、別のもの新しいものを求める心が起こってきます。
 次に「田なければまた憂えて田あらんことを欲う」といわれます。なければないで求めて止まないのが人間であるということでしょう。求めるものは「もの」に限りません。便利さ、快適さ、無病息災などからだと心の心地よさもそうです。
 このような「もっともっと」とひたすら自分の欲求充足だけを求め続けて止まない心を仏教では「貪欲」といいます。釈尊が、貪欲に振り回されないよう戒められているのが上のお経の言葉の意味なのでしょう。
 現在、私たちは地球環境や原発など人類存続の危機に遭遇しています。それらは、政治の問題、経済の問題として語られることが多いですが、問題の根幹・原点は私たち一人ひとりの「貪欲」にあると見立てるのが仏教です。つまり、「わたし」の生き方を問うことから始めるのが仏教的な考え方です。答は自ずから出てくるはずです。


◆6月(2017)

人間の値打ちは
母親の胎内にいのちとして宿った
その瞬間に
99%決まる
(当院住職) 


 これまでたくさんの方の死に出会いました。

 生を受けてすぐに逝った人、
 百歳を超える長寿で逝った人、
 青春のまっただ中で逝った人、 
 難病の後に逝った人、
 自ら命を絶って逝った人、
 思わぬ事故で逝った人、
 不意の病で逝った人、
   ・・・・・
 つくづく考えました。何歳でなくなろうとも、 どのような人生を歩もうとも変わらない人間の値打ちってなんだろうと。
 それはいのちそのものであり、母親の胎内に宿ったその瞬間に九九パーセントが決まる、これが私のたどり着いた結論でした。そして、これが人間の平等性の根拠でなくてはならないでしょう。
 年齢、性別、人格、仕事、社会的立場、民族などの違い、障がいや病気の有無など、人間のあらゆる差異は、残りの一パーセントの差異に収まるのではないかと思います。
 一パーセントの差異に振り回され、苦しむ人間が、九九パーセントのいのちの平等性に目覚めて救われるのが仏教であるともいえます。


◆5月(2017)

春来れば
春来ればとてねがいしも
今年のはるは色無く過ぎつ
われ死なば
記憶のあなたも共に消ゆ
生きむと思ふ生きねばならぬ
(西 玲子『歌文集 五年間』)

 この歌は、先立っていった夫を追憶した七〇代の女性の歌です。
 色を失した春。最愛の人をなくすとは、こういうことなのか。色だけではなく、人の会話も単なる音としてしか響かなかったかもしれません。
 人は、このような悲しみをどのようにして乗り越え、 生きていけるのでしょうか。
 玲子さんは言われます。

 「われ死なば記憶のあなたも共に消ゆ」からと。
夫婦というのは、その二人でしか築けなかった一つの世界を共有しています。築くと言っても、意図的な共同作業をさすのではなく、黙ってお茶を酌み交わすといった、日々の生活自体です。笑ったり泣いたり怒ったり腹を立てたりしたすべてです。相手がいなければ腹を立てることさえもできなかったのですから。夫婦というのは、ふたり以外の誰も知らず、誰も立ち入れない、地球上の唯一無二の世界です。
 「記憶のあなた」とは、玲子さんの中に保有されている唯一無二の世界そのものをさしていて、それが消えることは、世界が消えることなのではないでしょうか。
 だから、
 「いきむと思ふ 生きねばならぬ」という凜とした言葉が生まれ、彼女の背筋が伸びることにもなるのではないかとも思いました。

 


 

◆4月(2017)
人生
不出来のままに
出来上がってゆくので
人生は面白い
(浅田正作)


 久しぶりの高校の同級会。「もうすぐ定年になるのに、あの頃と変わらんなあ」と話す友人に皆が思わず頷きました。さまざまな思いで頷いたと思いますが、ここでは上の「不出来」から思い浮かぶことについて考えてみます。
 不出来といえば短所のことと思いますが、私の短所の一つは、自分の意見や考えが受け入れられない時、だんだん感情的になって冷静さを失ってしまうところです。自分が正しいという思いが強いのでしょう。「あ、またやってしまった!」と思っても後の祭りです。そういう時は間を開けてゆっくり話そうと常々思っているのですが、いざとなるとできません。よほど深い因縁があるのでしょう。
 このような不出来を直すべく努めるのは人間として大切なことです。しかし一方で「凡夫というのは、欲や怒りや嫉みなどが身に充ち満ちて臨終まで変わらん」という親鸞聖人の言葉も忘れてはなりません。「不出来のまま」というのは単に短所をさしているのではなく、変えたくても変えようがないわが身のことを言われているように思えます。
 これに対して「出来上がる」というのは、そういう凡夫が「不出来のまま」すくわれる道が出来上がっていることを言われているのではないでしょうか。「不出来のまま出来上がる」というのは一見矛盾するように思えますが、実はそこにこそ浄土真宗の教えの妙があって、それを「面白い」と言われるのでしょう。
 この詩は、私の存在を深いところから肯定してくれているように思えてほっとします。皆さんはいかがですか。


◆3月(2017)
またひとつ、しくじった。しくじるたびに目があいて
世の中すこし広くなる。
 (榎本栄一)


 「ごめん、バスが遅れて・・・」
 友達との約束時間に間に合わなかった時のいいわけ。何かしくじった時、私たちは「いいわけ」をします。「いいわけ」は、自分は間違っていないと責任を自分以外に転嫁する心の仕組みです。
 この仕組みには、「私は失敗しない」とか「失敗は許されない」という、現実にはあり得ない思い込みによって成り立っているという弱点があります。
 「しくじるたびに目があく」というのは、その仕組みの弱点に気がつく、つまり、自分の本当の姿に気がつくことなのでしょう。そうすると、少し自分を許せるかもしれません。
 同時に、自分以外の誰かも許せるようになれるのかもしれません。その程度に応じて、少し生きやすくなる、それが、「世の中が広くなる」ことの意味ではないでしょうか。


◆2月(2017)
辛抱してもらって生きてきた私
(東井義雄)


 学校の中でも、町中でも、「迷惑だなぁ」と思うことがよくあります。会話の途中に割って入る人、人ごみの中で肩をぶつけてくる人、歩いていて急に立ち止る人、・・・。数え挙げればきりがありません。
 が、いちいち腹を立てたり、文句を言ったりせず、「しょうがないなぁ」と辛抱して生きています。
 ひるがえって考えますと、私もたくさん辛抱してもらっているのではないでしょうか。私達は、自分のことには気がつかず、「私は、例外」とどこかで思い込んでいるのです。なかなかやっかいですね。この私は・・・。


◆1月(2017)
生かさるる いのち尊し けさの春
(中村久子)


 「新年明けましておめでとうございます」
 私たちはこのような挨拶で、「これから」の新年を歓びをもって迎えます。
 しかし私たちが「これから」を迎えることができたのは、単なる偶然ではありません。「これまで」の多くの支えによってこそ実現できたのです。
 「これから」を迎えられることへの歓びと、「これまで」に生かされてきたことへの感謝も忘れずに、新春をお祝いしたいものです。


◆12月(2016)
人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。
人は悪口を語って、その斧によって自分自身を斬るのである。
(『ダンマパダ』)


 悪口が誰かを傷つけてしまうことは、多くの人が知っています。
 悪口という言葉の暴力ほど人間の心を深く傷つけるものはないでしょう。 加えて、悪口は自分自身をも傷けるのです。もしあなたがだれかに悪口を言えば、
 その人はあなたを憎み、あなたに悪口を言うかもしれません。
 また、傷つけるような言葉を発してしまい、その人との関係が崩れて、取り返しのつかないことになることもあります。
 さらに、自分は悪口とは思っていなくても、相手の心を傷つけてしまうこともあります。
 いずれにしても、私の口には悪口という恐ろしい斧があるということです。
 その斧は相手も傷つけますが、同時に自分自身も傷つくということを、この言葉は教えているように思われます。


◆11月(2016)
ただそしられるだけの人、またただほめられるだけの人は、
過去にもいなかったし、未来にもいないであろう、現在にもいない。
(『ダンマパダ』)


 私たちは様々な人との関係の中で生きています。
 どんな人とも仲良く付き合っていくことができれば、本当に豊かな毎日を送ることができると思います。
 しかし現実には、「あの人は嫌だ」と感じることもあります。
 ところが、その「嫌な人」が他の人にとっては「善い人」だと言われていた、という経験はありませんか。つまり、「嫌な人」というのは、自分にとって嫌な人のことであって、誰にとっても嫌な人ではないということなのです。
 同様に「善い人」も自分にとって善い人を善い人というのであって、誰にとっても善い人だとは限りません。
 このように私たちは自分の都合によって人を「善い人」、「嫌な人」と勝手に判断してしまいがちです。
 このような私たちに対して、今月の聖語は、「ただ非難されるような嫌な人もいなければ、ただほめたたえられるだけの善い人もいない。
 人を勝手に判断してはならない」と語りかけているように思われます。
 人を一面的にしか見ることのできない自分のあり方を見つめ直すことで、いまよりも豊かな人間関係を築いていけるのではないでしょうか。