「戦後80年」の次は・・・
今年は、終戦あるいは戦後「80年」の節目ということで、さまざまな行事や活動が行われました。 来年は「81年」。節目ではないと思う方もあると思いますが、いえいえとんでもありません。 来年は、日本が米英に宣戦布告した1941年から数えて「85年」の重い節目です。日本による大陸侵略の発端となった満州事変が起こった1931年から数えると「95年」の、これまた重い節目です。
なぜ、「重い」か言うまでもありませんが、その結果が中国をはじめとする多くのアジア諸国や太平洋諸島の人々に大きな被害を与え、また、日本の国民にも多大な犠牲を強いることになったからです。
「重さ」の訳はそれに留まりません。加害者としての戦争責任を、今に生きる私たち自身が重く受け止め、当時の人々が戦争遂行を阻止できなかった理由を、今、問わねばならないと思うからです。そして、それで得た知見をもって現在の政治はもとより、社会文化の動向についても注意を向け続けねばならないからです。
その意味では、今年よりもむしろ来年こそ腹を据えて「85年」「95年」の節目を迎えねばなりません。
この重さは、戦争遂行に協力した浄土真宗をはじめ日本の仏教界も負わねばなりません。例えば、日中戦争が始まった時、判明しているだけで50機以上の軍用機を仏教団体が軍部に献納しているそうです。東本願寺は山門に「皇威宣揚」「生死超脱」「挺身殉国」と3メートル四方に大書して掲示しました。
西本願寺は、ご門主の名前で次のような文書を発布しました。
国家の事変に際し進んで身命 を鋒鏑(敵地)におとし一死 君国に殉ぜんは誠に義勇の極 みというべし・・・
戦意高揚に努めたのです。
これらはほんの一例ですが、これらのことが宗教界のみならず社会の隅々まで徹底されました。
こうして日本は、文字通り挙国一致体制を作り上げアジア太平洋戦争へ突き進んでいきました。
いったいどこに問題があったのでしょうか。
そのことをしっかりと捉え、その視点から今の日本社会、あるいは、我々の宗派の動向を見据えは題を見つけないといけないと思います。

